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ガーナの旅 1

知人のFさんがお国のガーナへ帰省することになりました。
「あら、いいわね~」「一緒に行きますか?」と瓢箪から駒が出て…。
生来の好奇心がむくむくと頭を持ち上げてきてちゃっかり便乗してしまいました。
語学の苦手な私でも、強力な通訳付きですから大船に乗ったような気持ちです。

                        camera 記事中の写真はクリックで拡大します。

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【車の間を縫うようにして、さまざまなものを売り歩く人々】

2010年春、ドバイを経由して、現地時間で正午に首都アクラに着きました。時差は9時間なので、日本時間で21時です。
成田出発から23時間20分の旅。遠い!

  

026_2 気温31℃、晴。暑いけれど、からっとしています。一年中、同じような気候だそうです。
Fさんのお知り合いMさんが出迎えてくれましたが、荷物を運ぶ手伝いをしてチップをもらおうとする人たちにてこずってちょっと苦戦。さっそく、異文化社会の洗礼に見舞われました。【写真右はアクラ空港到着ロビーへの通路】

   

車に乗ると、今度は止まった車の間を縫うように物売りの人たちが器用に歩いてきます。
実にさまざまなものを売っていて、上の写真の人が右手に持っているのはマッチと首から下げるネームカード入れのようです。左手はなんでしょう。
帰国後に写真を見てみると、一番最初に出会ったのはアダプター売りでした。こちらのコンセントは三又(220ボルト)なので、このアダプターがないと私の場合はカメラのバッテリーの充電などができません。空港近くで売るものとしては的を射ているなあと感心してしまいました。
それにしても、次から次へとやってきます。

 

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【サッカーをする子どもたち】

      

アクラでお世話になるEさんのお宅は、大きな門構えでした。ウサギ小屋に住む私などにとっては「あら~」という声とため息しか出ません。
もちろん、メイドさんもいます。

  

いま、ガーナの家は一部屋一wash roomの5L・D・Kプラスアルファといった同じような門構えの大きな家か、昔ながらの小さな家かの両極端に分かれているようです。
それはとりもなおさず、昔からの富裕層や経済発展に伴う新興の富裕層と貧困層の顕著な差の現れと言ってよいかもしれません。

  

日本では考えられないような大きな家なのに、途中で建設が止まっている家もあちこちで見かけましたが、これは普通のことで、お金ができたらまた続きを始めるのだそうです。
構造自体に木を使わない(壁はブロック積み)のでそれもありなんでしょうね。

 

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【ガーナ大学構内】

 

ひと休みしてから、Mさんがあちこち見学に連れて行ってくれることになりました。
最近できたいまふうのちょっとしゃれた『ACCRA mall』というショッピングセンターをぶらぶらした後はガーナ大学へ。連れて行かれるままに動きます。

 

054_8 084_6   
【構内にある学生寮】【木陰にテーブルと椅子を出し勉強中】

 

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【ハゲタカ!とカラス/どこかに獲物が?】【こんな巨木があちこちに】

 

ここで見かけたカラスは、鋭い目つきで白いランニングシャツを着たような彩りでした。
それにしても、ハゲタカがすぐそばにいるなんてさすがアフリカです。大きな蟻塚もたくさん見かけて最初は大騒ぎしていたのに、そのうちだんだん目もくれなくなりました。

 

                      ☆☆☆

 

ガーナと日本の繋がりといえば、黄熱病の研究で有名な細菌学者の野口英世博士を忘れるわけにはいきません。

 

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【野口英世記念研究所】【研究所中庭/赤い花がこぼれるように咲いていた】

  

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【左の建物;NOGUCHI CONFERENCE HALL】【ホール入口にある野口英世像】

 

ガーナ大学には、日本政府によって設立された野口英世記念研究所がありますが、Mさんはそのことを知っていたわけではなく、私たちもほんとうはアクラ市のコレブ病院という所にあるメモリアルガーデンと間違えて研究所に入って行ってしまいました。
ここは、アフリカでの伝染病研究の中心的役割を果たしているとのことです。

 

現代のガーナ人にとって、野口英世はそれほど有名な人ではないようです。
ではなぜMさんは私たちをガーナ大学へ連れて行ったのでしょう。
あとでわかったことには、ガールフレンドがここの学生だったので、どうやら遠くから来た私たちに引き会わせたかったようです。
若い人はどこでも同じですね 。ふふっ wink

 

093_2

 

ガーナ大学を出て、Eさん宅に戻ります。
来る道すがらにもたくさんの物売りの人たちに出会って、ちょっとおもしろかったのですが、看板にもレトロというかなんというか何とも言えない味があります。
『AKOSUA'S』は布地屋さんですね。『RICHARD's』は床屋さんとブティックを兼ねているのかしら。

 

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【樹にディスプレイ・樹がお店】【ヤシの実売り】

  

                      restaurant cafe 

  

097今晩の食事です。
ガーナの食事は、基本的にご飯とシチュープラス卵or骨付きチキンorビーフorターキーなどでした。
卵の右にあるのはヤムイモの蒸かしたもので、ジャガイモに似た味と食感です。

 

098 chick ガーナの卵の黄身は白色です!黄身じゃなくて白身…では白身はなにみ?。餌が違うって言われたけどなんだかややこしい。

 

シチューはトマトベースで、辛いものありビーフシチューのようなやや甘味のものありいろいろなバリエーションがあります。全然油っこくなくて、かえってさらっとした食感です。
庭から採ってきたアボガドを食べやすく切って添えたりして、少しずつ目先と味を変えることもありましたが、だいたいがこの一皿です。

 

ガーナにいる間中、夕食はこのパターンでしたが、私は飽きずに食べられました。
葉物の(生)野菜は、ほとんど出て来ません。
熱帯地方だからでしょうか、生ものをとる習慣がないようです。ちなみにE家の飲み水はお店で買うペットボトルの水でしたが、水道(or井戸)の水をそのまま飲んでいる人たちの方がたぶん多いのではないでしょうか。

  

参考;http://ghana-kyouryokutai.com/contents/ghanalife/food/food.html

水道や電気事情については、またどこかで書くことになりそうです。 

 

                     sweat02 flair

  

pencil 今日の半日ではどちらかというと、newガーナを見たような気がします。
    さて、明日は、どんなところへ行けるのかな。

 

pencil ところで、ブログ記事『記念切手』に、手元にあった『第1回野口英世アフリカ賞記念 2008』の切手写真を載せましたので、興味があったらご覧になってくださいね。

  

pencil その2→(こちら)へ続きます。長くなりそ~です、ふう catface

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コメント

専属ガイドさんのいる こんな旅行してみたいです。
まったくなじみのないお国ですものね。
すぐにやってくる、もの売りの人たち
生活がかかっているのは承知していても
何でも買ってあげるわけにはいかないし、困りますよね。

黄身が白い卵って面白いけど、お味は一緒かしら?
続きがとても楽しみです。
ゆっくりでいいから、お願いしますね (^_^)

✿はなねこさん
白い黄身!の卵、お味はいっしょです。
ゆで卵は割らなければ白いのがわからないけど
朝のオムレツは白いので、最初はなんだかヘンな感じでした。
看板の写真の次に2枚写真を足しました。
写真撮りすぎて、なかなか整理できなくて coldsweats02

白い黄身の卵に釘付けです。
餌によって色が違うって聞いたことはあるけど・・・
ドイツでも黄色だったし。
オムレツが白いなんてちょっとカルチャーショックですね。

それにしても、palletさんのこの旅、
素晴らしい、羨ましいです。
こんな旅ってなかなか出来るものじゃないものね。
で、ガーナまで何時間かかるのですか?

野口英世、子供の頃の憧れでした。
ガーナで働いていたんですね・・・もう、忘れてました。
7月に磐梯山に行くのでその時に記念館に寄ってみようかな。

続きも楽しみ(^_-)-☆
これからその2を読みます。

❀矢車草さん
旅はまだまだ始まったばかり。
いっぱい書きたいことがあるんだけど
長すぎるのもナンだなあ、ど~しましょ~です。
野口英世については、渡辺淳一の『遠き落日』って小説を読むと
思いっきり人間くさくて、あらまあって思いますよ。
興味があったら読んでみてね。

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