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六月

006
                                                   2011.5.24.18:56

   六月      茨木のり子

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる

(茨木のり子 第二詩集『見えない配達夫』より)

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空の色」カテゴリの記事

コメント

茨木さんの詩、日常の言葉を選んで、すくっとした人の姿が浮かぶようで、とても好きです。なぜか「矜持」という言葉が浮かびます。
昨日ふと思い立って、ALS(筋萎縮性側索硬化症)になったご主人を自宅で看病されている方の所に久しぶりに行きました。そのご主人の本を昨年僕が編集出版してからのご縁です。一日のほとんどをベッド上で過ごされ、話すこともできず自分の意志で動かせるのは眼球とかすかな指の動きのみです。意思疎通は透明シートに印刷された文字盤の、どこを見ているか? ということを介護者と向き合って一文字づつ確かめていきます。
そこに伺うと、生きるっていうことはそんなに簡単なことではないけれど、それでも、少しづつ老いること、死の時間を迎えることの有限さを、いつも忘れてはいけないな、と感じてしまいます。

私の大好きなpalletさんの空の写真!
空と雲と陽のグラデーション、見入ってしまいました。

茨木のり子さん、
不勉強であまり知りませんけど、
凛々しさと潔さを感じます。
いまの日本に最も必要で、最も欠けているものがこの詩によまれていると思いました。

とても清清しい気持になれました。
ありがとうございました。

pen waheiさん
ちょうど昨日、長田弘さんの『人はかつて樹だった』という詩集の中に
「老いるとは受け容れることである」という一節をみつけ
さまざまに思いを巡らせているところでした。
waheiさんのお知り合いも
もどかしいけれど、そうして意思を伝えられるということに
希望の光を見出しておられるのかも知れませんね。

clover ヒサさん
なかなか印象的な空に会えなくて…。

>いまの日本に最も必要で、最も欠けているものがこの詩によまれていると思いました。
ヒサさんもそんなふうに思いますか…。
でも、この詩集『見えない配達夫』の初版は1958年。
もう50年以上も前に出版されたものなんですよ。
茨木のり子さんには、私も「凛々しさと潔さ」を感じます。
その上
とっても美人なのよ~wink

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